IQVIAジャパンは過日メディアセミナーをオンサイトで開催。特にEBP(Emerging Biopharma:新興バイオ医薬品企業)由来のドラッグロスの観点から日本の新薬アクセスのあり方について、国立がん研究センター中央病院の副院長/先端医療科・科長の山本昇氏と、EIKI CONSULTING,LLC プレジデントの栄木憲和氏によるご講演と、お二方のディスカッションによって考察を加えた。本メディアセミナーの開催レポートでは、山本昇氏のご講演をPart1、栄木憲和氏によるご講演をPart2 とし、各編にディスカッションを加えてまとめた。
ドラッグラグとドラッグロスの違い
特に抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)について新規薬剤の開発に携わる立場、また国立がん研究センターに29年勤務する立場として医療機関からの視点でドラッグロスの現状、対応について解説する。ここではドラッグラグとドラッグロスの違いについて、明確な定義はないが私見を述べる。
日本の現状と主な抗がん剤の歴史
現在は2000年代に誕生した「分子標的薬」がほとんどを占めている。しかし、1950年代以降に誕生した「細胞障害性抗がん剤」もまだまだ現役で、無くてはならないものである。また、最近では、「免疫チェックポイント阻害剤」も重要な位置づけを担っている。
IQVIAによれば、2018年から2022年に米国で承認された新規有効成分(Novel Active Substances)は、希少フラクション(orphan)、遺伝子組み換え製剤(recombinant)、単一試験での開発・承認が増加傾向にあり、いずれも短時間、少ない症例数で開発され、迅速に承認されていると報告されている。
抗がん剤における本邦未承認薬の推移としては、2012年から2016年にかけては21薬剤、2016年から2020年にかけては44薬剤と、増加傾向にある。
米国EBPの台頭
2013年から2022年にかけてEBPによる抗がん剤開発(phaseⅠ)の成長はめざましく、 2017年以降、特に増加。メガフファーマ、ミドルファーマを大きく凌ぎ3分の2以上のパイプラインをEBPが占めるに至っているのが現状である。
2015年から2021年のFDA承認薬の起源(Origin)においても、トータル138薬剤のうち、バイオロジカル薬剤ではEBP発が63%とかなりの割合を占め、また低分子化合物においても39%と、製薬企業に次ぐ割合を占めるに至る。
米国における承認薬ではこのようにEBPが主軸を担っているのである。
飛躍的成長を果たす中国の動向
同じく、2007年から2022年にphaseⅠを開始した企業の本社所在国・地域を見ると、全体の40%台のシェアを推移する米国に加え、中国の飛躍的躍進も見逃せない。2017年以前は10%以下であったシェアが2022年には23%となっていることから、積極的に創薬に力を入れていることが読み取れる。そのような状況下日本は、創薬数こそ横ばいで推移しているものの、世界的相対シェアは減少傾向を続けている。
バイオテック企業創出薬剤とドラッグロスの関係性
政策研ニュースによれば、2016年から2020年にFDAが承認した60品目の抗がん剤において、日本の未承認薬剤は41品目にものぼる。
特に注目すべきは、41品目中バイオテック企業開発のものが22品目あるという点である。こうした開発には日本はほとんど参加しておらず、ドラッグロスに影響を及ぼすことが読み取れる。これは非常に衝撃的な数値だと受け止めている。
2018年に認識したドラッグロス〜EBPへのアプローチ
医師がドラッグロスを認識するタイミングは、国際学会、製薬企業のアドバイザリー会議、治験、論文、がんゲノムプロファイリング検査(CGP検査)におけるエキスパートパネルなどがあげられる。しかし、論文で認知した時点では既に遅く、また自発的に検索する医師は少数と考えられる。がんセンター等、専門医療機関への紹介を常としている医師も多いのではないかと危惧している。
私は2018年、ASCO(American Society of Clinical Oncology:米国臨床腫瘍学会)でドラッグロスの到来を認識し、帰国後危機感を持ち勉強会・講演会で報告したものの、「そんなことがあるのか?」「日本の医薬品市場規模は世界上位では?」などの認識が多く、ほとんど耳を傾けてもらえない期間が2、3年継続した。
そこで、直接EBPにアプローチし、日本での開発提案を行うことにした。アプローチ先を選定するにあたり、魅力ある薬剤の有無、資本、研究体力などを考慮したが、特に後者の判断は困難であった。(コロナ禍の後半でもあり)Web面会とFace to Faceの両方からアプローチを試みた。
ただ、日本での開発を行ってくれる場合も、ICCC(CRO)の紹介が必要であり、PMDAへの相談を提案する必要があるなどの課題がある。
「EBPへのロビー活動」の実践
私が行った具体的アプローチは以下。
「EBPへのロビー活動」のふりかえり
2022年6月からの約1年半でおよそ30社に訪問・交渉を行った。
試行錯誤する中、訪問先のCEO、CMOから厳しいながらも有益なアドバイス、フィードバックをご提供くださったEBPもあった。
現状、日本の薬価制度に関する質問、苦言はなかった。具体的な結果は以下。
日本の医療制度・開発環境の認知向上に向けて
EBPに日本の医療・開発環境が十分に知られていないことが重要な問題である。また、施設規模と同様にPI(Principal Investigator:治験実施責任医師)への評価が基本になっていると感じた。 米国優先は当然だが、他に欧州、イスラエル(英語圏)、アジア圏では韓国、台湾が優先されるとの回答があった。理由は、依頼した治験において非常に有益なコミットがあったことを評価しているとのこと。
ドラッグロス解消に向けた医療機関の課題
ドラッグロスにはすでに古い薬剤もあるため、国内未承認のすべての抗がん剤が対象とは考えていない。本来注目すべきは、開発中の次世代薬であるはずだ。短期的には、どの薬剤が日本に必要なのか医療ニーズを検討し、開発薬剤数に限定しない議論を急ぐべきである。中期的には、日本を開発対象国として認知させるアプローチが必要。また、国際共同治験に対応可能な医療機関の増加、迅速なサイトオープン、十分な症例登録、リソース(CRC)不足の解消、がん種横断的な開発体制の構築による日本の治験実施体制の底上げなどが不可欠。何よりも、正確な状況把握が必須である。
――今後のEBPへの効果的なリーチとして、EBPのターゲティング、EBPへのコミュニケーションについてどうお考えでしょうか?
正直なところ、個別訪問だけでは限界がある。より系統立てて、効率よく日本の状況を知ってもらえるイベントなどを行えるようにしたらいいのではないかと考えている。個別訪問では私ども医療従事者だけでなく、CROや規制当局の方々が一緒の方が効果的ではないか。EBPへのロビー活動は、個別の医療機関を理解してもらうレベルではなく、現実的にビジネスを展開する市場としての日本を認識してもらうようなアプローチが必要だと感じている。
――海外(米国)クラスターに倣う日本の創薬エコシステム構築についてはどう感じていらっしゃいますか?
医療機関にいるとエコシステムへの理解度が低い印象を受ける。私をはじめ、日本の医療機関側のエコシステムへの認知度は相当に低いのではないか。医療機関側からどのようなアプローチが効果的なのか考え、エコシステムへのコミットが追いついていない状況を解消しておくことが必要ではないか。
――新薬アクセスおよび創薬力の強化を進めていく上でふまえておくべき日本の強みを教えてください。
日本では承認薬が短期間で保険によってカバーされ、我々もすぐ処方することができ、非常に助かっている。しかし、他国ではそうでないところも多い。海外の製薬企業にとってもこれはメリットであり、非常に強みだと考える。
――今後日本が海外企業とつながっていくためのタッチポイント機会の拡大について、お考えをお聞かせください。
EBPの欲しい情報が適切に公開されていない。日本の薬の処方対象数などを知ってもらうため、わかりやすいサイトを設置するなど、アクセスしやすい環境整備が必須である。
――EBP訪問で成功したケース、失敗したケースではどこに差があったとお考えでしょうか?
訪問前は本当に分からない。先方に知り合いがいるかどうかというのは大きい。ちなみに、先方の対応者はほぼ医師であった。訪問側もそのことを考慮して臨むべきだと思う。
――ドラッグロスに対する日本の薬価制度の影響についてお考えをお聞かせください。
EBPの中には気にしている会社もあると思うが、多くは希少フラクションのような特定の疾病群に対する開発を中心に行なっている。成功例をメガファーマに買ってもらうために開発している側面が強く、直接訴求されたわけではないが、日本の薬価制度への関心はさほど高くないように感じた。少なくとも先方からの言及はなかったという状況だ。
――最後に、新薬アクセスの実効性を高めるためのヒントについて、お考えをお聞かせください。
これまで日本は海外に向けてアプローチしてこなかった。慢心を捨て、注目してもらうためにも開発プロセスにこちらからアプローチすることが重要だと思う。
――本日は貴重なご講演とご意見を賜りありがとうございました。