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日本の製薬企業:セールスにおけるデジタルトランスフォーメーション
IQVIAジャパン メディアセミナー 開催レポート (2021年12月6日開催)
Corporate Communications, IQVIA Japan
Dec 06, 2021

IQVIA ジャパンは、2020年より製薬業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)について、一橋大学 神岡太郎教授(以下「神岡教授」)と共同研究を開始しており、この度その活動内容をキーノートとして解説された。その後、本研究のIQVIA側のオーナーである、IQVIAジャパンReal-World Analytics & Solutionsディレクター 中村理彦(以下「IQVIA 中村」)をモデレータに、ポストコロナを見据えたDXのあり方について神岡教授のお考えを伺った。

Keynote

企業におけるDXの現状

従来型企業がデジタル・テクノロジーを戦略的に活用することでビジネスや組織を変革し、企業の目標を達成することをDXの定義として論じたい。
「環境変化によって、テクノロジーや社会課題は目まぐるしく変わっていく。しかし、人や組織、ビジネスはそんなに加速度的に変わっていかない。従来型企業にとって、その点がDXに対するプレッシャーになっている。現在時価総額トップレベルの層は、そうした変化に柔軟かつ迅速に適応できるデジタルネイティブ企業に変わってきている。つまりDXでは、根元的に組織体質や能力といった企業の変革が求められる。」(神岡教授)

一般的に製薬業界は様々な調査においてデジタルの利活用が遅れていると指摘されている。しかし、ヘルスケアにおけるDXは非常にポテンシャルのある領域との報告もあり、今後の期待は大きいことが、IQVIAと神岡教授の共同研究を始めるきっかけになった。
「製薬企業全体でデジタルの利活用が遅れているわけではなく、研究開発部門では昔からデジタルの活用は行われてきた。今回の研究*では、課題をセールス・マーケティング部門に焦点を当て、近年の大きな環境変化への対応の現状や課題を調査分析するため、製薬企業経営層など12人にインタビューをした。」

 * Digital Transformation Challenges in the Sales of Pharmaceutical Companies in Japan, Qinxian Liu, Yaxin Zhao, Taro Kamioka and Michihiko Nakamura, AJBR Vol 11 Issue 3 2021

製薬業界におけるDXの現状

製薬業界においても、様々な外的要因(デジタル・テクノロジーの爆発的進化、人口減少による予測される売上利益の減少、新規参入企業の存在、COVID-19)のインパクトを受け、トップマネジメント層の意識はかなり変容している。典型的な現象として、CDO(チーフデジタルオフィサー)採用によるデジタル・ビジョンと戦略の立案、DX推進チームの組織化と言った事例があげられる。
「外的要因の中で、注目すべきは新規参入企業の存在だ。サプリメントをはじめ健康関連食品を取り扱うフードメーカーなど、非製薬企業の医療・メディカル領域への新規参入による影響は大きい。またCOVID-19のパンデミック下で、製薬企業において従来のMRと医師とのコミュニュケーション環境が担保できなくなった点は活動に圧倒的な影響を与えている。」

製薬企業のDXにおける具体的な変革として、短期的にはMRと医師との対面コンタクトに代わる、高品質な顧客とのタッチポイントの創出が進んでいる。また、デジタルを活用する若い医師など、顧客側の変化への対応も求められており、ガバナンスをしっかりと利かせたうえでのデータと情報の活用も始まっている。
「VRを使って、作用機序や体内動態を説明する資料を作成するなど、製薬企業の持つ正確性のあるデータをいかに活用し医師に提供するか、また、MRの業務を会社としてデータ化する仕組みも導入されはじめている。」

長期的な構造変化としては、これまで研究開発では多用されてきたAIを、セールスの領域でも顧客データの分析に活用する動きが出てきている。また、部門を超えたデータの共有が必須になっていくため、スムーズなデータプラットフォームの整備・活用も急務であろう。それに合わせて重要なのが、マインドセットと合わせた人材開発だ。また、非連続的な新しい価値創造も求められている。
「これまでMR同士だけで共有していたような情報を、全社的に共有するプラットフォームで整備しようとしている企業がある。多くの製薬企業は、長期的な開発で大きな収益を得るというビジネスモデルであった。DXへの取り組みに際しては、小さなスケールで開始したサービスを、高速で拡大していくという、これまでとは真逆となるデジタルネイティブのビジネスモデルが製薬企業にとっては変革のネックになっている。」

Discussion

今後の製薬業界におけるDXの課題

——様々な業界のDXを俯瞰されている神岡先生から見て、製薬業界における一番の課題はどのような点にあるとお考えでしょうか? また、健康情報や遺伝子情報などヘルスケア業界は非常に機微なデータを取り扱う必要がありますが、それらを先進的に活用する際の課題についてご意見をお聞かせください。(IQVIA 中村)

「複合的な問題であり、これがという点をあげるのは難しい。ただ、一つ言えるのは環境変化が著しい現在において、規制を言い訳にしていると危険だと考える。DXへの取り組みの障壁の一つに強い規制環境の背景はあるが、実際にDXの進捗度には企業間格差が大きくなってきている。経営トップのコミットメントが明確で積極的な先行企業は、他産業と同じく危機意識を持っているが、そうでない企業も多いようだ。また、『B to B to C』といった医師の先の患者中心(Patient centric)、デジタル治療(Digital therapeutics)への意識も高まっているが、現時点では限定的ではないか。製薬からヘルスケア領域など、新たな事業領域や非連続的な価値創造も、PoC(概念実証)段階が多い。規制は無視できないが、積極派の経営層はCOVID-19をDXの追い風にしようとしている。
製薬と同じく規制が大きく、また機微な個人情報をデータとして取り扱う産業として金融があげられるが、先行企業は国内の規制だけでなく国際的な規制にも意識が向いており、CDO(チーフデジタルオフィサー)だけでなく、データに特化したCDO(チーフデータオフィサー)を置き、分析、活用を進めている。また、非金融産業、他業種とのコラボレーションにも積極的だ。
例えば韓国では、10年以上前から病院での投薬、治療履歴などリアルワールドデータがクラウドで管理、共有されている。確かに機微なデータという点でリスクはあるが、生活者の健康意識の高まりを受けたオプトイン(データの利用許諾)は浸透してきている。また、製薬以外の企業が生活者のヘルスケア領域をブルーオーシャンとしてターゲットにしていることや、IT企業がすでにプラットフォームを整備し始めていることを踏まえると、製薬業界も製薬以外の領域に参入し、またデジタル産業と密にコミュニケーションを取るオプションも必要であろう。」(神岡教授)

「先のキーノートでも触れられた“どこからが食品でどこからが医薬品かの境界が曖昧になってきている”というご指摘も踏まえ、製薬から非製薬の領域へのアプローチ、プラットフォーム企業とのコラボレーションやデータ活用が非常に重要だということが分かりました。」(IQVIA 中村)

2022年(ポストコロナ)の製薬企業におけるDX推進のポイント

——Withコロナ、ポストコロナにおける課題、製薬企業がどのようなことに気をつけていくべきでしょうか。特筆すべき点などについてお聞かせください。(IQVIA 中村)

「コロナ禍、ビジネスシーンだけでなく生活者レベルで行動変容が起き、デジタル環境は高速で浸透している。どの産業においてもコロナ禍以前の様式に完全に戻ることは考えにくいと捉えている。パンデミック、自然災害など危機はこれからも起こり得るという前提にたち、COVID-19をDXの契機にする流れは必須であろう。オフラインとオンラインを使い分け、コミュニケーションを最適化することが重要だ。2021年はDX導入の検討段階だったが、2022年はさらに人材の意識変革、環境変化に対応するマインドセットが必要になる。」(神岡教授)

——具体的にはどのようなマインドセットが必要になってくるでしょうか。(IQVIA 中村)

「製薬企業に限らず、経営トップ層と若い世代での意識変革には期待ができる。しかし、どこでもミドル層がイノベーションに対して抵抗しがちだ。経営トップ層は、オンラインでのデジタルリテラシーなどの座学の費用対効果に疑問を感じ始めている。ミドル層こそトップダウンの調整だけでなく、状況に応じて現場のデータを活用しダイナミックに行動するロールモデルへの変革が必要。特にセールス分野などでは、個人の経験、情報といったソフトスキルをデータ化し、共有できる環境整備が求められる。」(神岡教授)

——経験のデータ化について具体的にお聞かせください。(IQVIA 中村)

「セールス、マーケティングの現場で何か変化が起きた際、自身の頭の中だけで考えるのではなく、写真を撮ることや、文章を書くこと、もしくは何かを測定し統計をとることが重要になるかもしれない。また、そうしたデータをいかに社内で共有するか、ミドル層以下の社内風土、意識変革が肝要だ。」(神岡教授)

「これまで“営業の勘”などと表現されていた個人が持つ経験則のデータ化や、各情報に意味があるという意識を持つことが、大きなマインドセットに繋がることが分かりました。」(IQVIA 中村)

製薬業界への期待

——最後に今後の製薬業界への期待、メッセージをお願いします。(IQVIA 中村)

「他の製造業ではすでに起きているが、製薬企業も、製薬企業→医師→患者への価値提供・貢献という『B to B to C』への意識変革は必要だ。また、DCT(分散型臨床試験)の推進なども始まっているが、病気になった患者だけでなく、病気になる前の生活者まで顧客に想定するなどCOVID-19で高まる健康意識に対して幅広くヘルスケア領域にアプローチすべきであろう。規制面など企業単体では解決できない課題も多いが、製薬企業しか持ち得ないプロフェッショナルな知見を提供し、デジタルを駆使することで産業全体のエコシステムとして活用していくことを考えていく時期にあると期待している。また、非製薬産業とコミュニケーションを取り、インターフェースを作ることで製薬企業の存在意義を発揮できると考える。COVID-19においても、世界中でデータを共有することでスピーディーにワクチン開発が進んだ実績がある。事業エリアの外部と繋がることは非常に重要だ。」(神岡教授)

——創薬による大きなリターンを追求する従来の製薬産業内だけの枠組みで考えるのではなく、医療やヘルスケアというエコシステムの中で製薬としての価値を発揮する。非常に示唆に富んだご指摘をありがとうございました。(IQVIA 中村)

神岡太郎 教授 プロフィール

(一橋大学 経営管理研究科)

1990北海道大学大学院博士課程(行動科学専攻) 単位取得退学、1990年 一橋大学商学部専任講師、助教授を経て、2004年より現職。2007-2008年 役員補佐(学生担当)、2009-2010年 役員補佐(社会連携他 担当)を兼務。

学外では2010年より政府情報システム改革検討委員会委員(総務省)等も務める。
研究領域としては、企業全体の規模で情報システムやマーケティングの機能をいかに実現するのか、またその仕組みに関心がある。例えば、それらの組織的機能のマネジメントや体制、CIO(Chief Information Officer)やCMO(Chief Marketing Officer)といったリーダーシップ、それらのガバナンスが含まれる。経営情報学会、国際CIO学会(日本)所属。CDO Club Japan顧問。近著に『デジタル変革とそのリーダーCDO』(同文館)。

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